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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)53号 判決

主文

一  被告が平成元年三月一三日付けでした、原告の昭和六一年分所得税の更正(但し、審査裁決により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税賦課決定(但し、審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、いずれも総所得金額を一五〇三万三六八三円として計算した額を超える部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

理由

一  請求原因1及び抗弁1は、当事者間に争いがない。

二  本件調査の経緯について

抗弁2(二)のうち、伊藤係官及び岩間係官が、昭和六三年一〇月一八日午後二時ころ、調査のため原告の店舗を訪れたこと、このとき原告の店舗には従業員二人がおり、原告は不在であつたこと、伊藤係官らが税務調査のため来所した旨告げて湯浅に原告の行先を尋ねたが、同人は行先はわからない旨答えたこと、同係官らが、湯浅に氏名等を尋ねたこと及びその後同係官らが帰つたこと、同(三)のうち、伊藤係官が同月二〇日午後二時に、再度原告の店舗を訪れたこと、原告が不在であつたこと、原告に頼まれた玉川民主商工会の石井及び藤井が伊藤係官と応対したこと、石井が原告から預かつた手紙を店外で伊藤係官に渡したこと、伊藤係官はいつたんこれを受け取つた後で返し、その後店から帰つたこと、同(四)のうち、伊藤係官に原告から連絡をしなかつたこと、同(八)の事実、同(九)のうち、伊藤係官が三月一日に原告の店舗に電話をかけ、原告に三月三日までの間に調査のために時間をとつてほしい旨要請したが、原告は調査日を三月二〇日にするよう答えたこと、同(一〇)のうち、伊藤係官から三月三日ころ、原告の店舗に電話があつたこと、同(一二)のうち、三月六日に伊藤係官と他一名の係官が原告の店舗を訪れたこと、同店内には電気をつけていなかつたこと、同係官らと原告とのやりとりの途中、玉川民主商工会の者が店内に入つてきたこと、伊藤係官が同人が誰であるかを尋ねたところ、原告が、自分の知人で、玉川民主商工会の者であることを告げたこと、伊藤係官は原告に対し調査に関係ない者の立会いは認められない旨告げて、同人を退席させるよう要請したこと及び同係官らが原告に調査額を示したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告所部の山端武信統括官は、原告の所得について長期間調査を実施していなかつたこと及び原告の所得税の確定申告書の所得金額の計算欄に収入金額及び必要経費等の事業収支の記載がなく所得税法一二〇条四項に規定する内訳書の添付もないことから、その所得税の申告内容の適否を確認する必要があるとして、伊藤係官に調査を命じた。

2  伊藤係官は、昭和六三年一〇月一八日午後二時ころ、調査のため同僚の岩間昭夫係官とともに原告の店舗に赴いた。店内には、従業員二人と客が数名おり、伊藤係官は、カウンター内にいた従業員の湯浅に対して、原告の本件係争各年分の所得税の調査のため訪れた旨を告げて、原告が店にいるかどうかを尋ねたが、不在であるとのことであつた。伊藤係官は、湯浅に、その氏名、住所及び原告の店舗のある建物の二階と三階の用途等を尋ね、同人は、自分の氏名、もう一人の従業員は忠鉢という者であること、自分はその店舗の三階に住んでいること、店舗の二階部分は宴会場に、三階は自分の住居に使つていることなどを答えた。湯浅が、レジで客の勘定の応対をしたので伊藤係官は、レジのところで、湯浅に現金の管理状況や原告の店舗の取引先等について尋ね、同人は、原告が不在のときは勘定をレジに打たずにメモに書くこと等を答えた。これらのやりとりの間、伊藤係官や岩間係官は、レジの横に置いてあつた伝票類をめくつて見たり、レジペーパーを覗いたり、店の奥に貼つてあつた電話番号表から取引先の電話番号を写したりした。伊藤係官らは、原告が不在であることから、その日は調査を打ち切ることにし、湯浅に「また来ます。」と告げて辞去した。伊藤係官は、翌一九日、原告方店舗に電話をして、湯浅に、同月二〇日に再度調査に行くのでその旨を原告に伝えるよう依頼した。

3  伊藤係官は、同月二〇日午後二時に、再度原告の店舗を訪れたが、原告は不在であつた。伊藤係官が、店内にいた湯浅から、少し待つように言われて店内で待つていると、男女各一名が店内に入つてきて、同係官に対し、原告から預かつている書類を渡すから来るようにと告げて、同係官を店の玄関前に連れだした。同係官は、同人らの氏名を尋ねたが、同人らは友人であると答えるのみで、名乗ろうとせず、同人らのうち女性の方が、同係官にB五判の紙一枚に書かれた書面を手渡した。同係官がこれを見ると、その書面には、宛て先の記載はなく、調査理由は何かという質問や、原告と署長を会わせるようになどの要望が記載されており、原告の氏名の記載と押印があつた。伊藤係官は、右書面をいつたん鞄に入れたが、その後同人らに対し、右書面は真に原告が書いたものかどうかが明らかでなく、見ず知らずの人からそのようなものを預かることはできないこと及びそのような文書は、税務署の総務課が受付窓口となつており、そこに提出してほしいことを告げて右書面を返そうとした。しかし、同人らは、右書面を受け取ろうとしなかつたので、伊藤係官は店内に戻り、湯浅に、右書面を、原告に渡すよう頼んで渡し、翌二一日に、伊藤係官に電話で連絡をしてくれるようにとの原告への伝言を依頼して、辞去した。伊藤係官は、同日、税務署に戻つた後、原告と連絡をとるべく原告の店舗に電話をかけたが、原告はやはり不在であり、電話に出た湯浅は、同係官に、原告から何も言うなといわれていると述べた。伊藤係官は、その電話で、湯浅に再度、翌二一日には原告から連絡してくれるよう伝えることを頼んだ。

4  同月二一日も、原告からは連絡がなかつたので、伊藤係官は、同月二四日午前九時ころ、神奈川県横浜市《番地略》の原告の自宅に電話をしたところ、原告の娘が電話に出て、両親は不在であると述べた。伊藤係官は、同人に、また午前一〇時ころ電話すると述べたが、同日午前一〇時ころ、再度電話をかけたところ、今度は誰も電話にでなかつた。

5  伊藤係官が、同月二六日午前九時ころ、また原告宅に電話をしたところ、原告の妻カツ子が電話に出た。伊藤係官は、カツ子に、一〇月三一日に原告方店舗に所得税の調査に行きたいので、原告の都合が悪ければ事前に連絡をくれるようにとの伝言を依頼し、カツ子は、伝えると答えた。

6  伊藤係官は、同月三一日午前一〇時ころ、原告方店舗を訪れたが、店舗入口のシャッターは閉じたままで、呼び鈴を鳴らし、シャッターをノックしても応答がなかつた。そこで、伊藤係官は、やむを得ず、一一月二日までに連絡をしてほしいこと、もし連絡がなければ税務署独自の調査を行うことを記した連絡票をシャッターの郵便受けに差し置いて、玉川税務署に戻つた。伊藤係官は、同日午後一時ころ、原告宅に電話をしたが、留守番の者だと称する女性が電話口に出て、自分は留守番だから事情がわからないとのみ答えて、電話を切つた。同係官は、同日午後四時ころにも、再び原告宅に電話をしたが、電話口に出た男性は、「原告は今いない。」とのみ答えて、電話を切つた。

伊藤係官は、翌一一月一日午後一時半ころにも、原告宅に電話をしたが、留守番の者だと称する女性が電話口に出て、自分は留守番だから事情がわからないと答えた。同係官は、同人に対し、翌一一月二日に原告から自分に連絡をしてほしいとの伝言を依頼したが、翌一一月二日も原告からの連絡はなかつた。

7  右の経緯により、伊藤係官は、原告の取引金融機関等についての調査を開始したところ、その開始後の平成元年二月二七日に、原告が玉川税務署を訪れ、被告所部の小口課長補佐に対し、被調査者本人の立会いがないまま調査をするのは違法であると抗議した。

8  右7の経緯を聞いた伊藤係官は、翌二八日に、何度か原告の店舗に電話をかけたが、原告は不在であつた。同係官は、電話に出た湯浅に、三月一日午前一一時ころ、再度店舗に電話をするので、その旨を原告に伝えてくれるよう依頼した。同係官は、三月一日の午前一一時半すぎに原告の店舗に再度電話をかけ、原告に対する所得税の調査を行つていると告げた。原告は三月二〇日なら調査に応じると述べたが、同係官が三月三日までの間に調査のために時間をとつてほしいと求めたところ、原告は、それならば三月三日に税務署に行くと述べた。同係官は、税務署に来るときは申告の基礎とした資料を持つてきてほしいと述べた。

9  しかしながら、原告は三月三日に税務署を訪れず、同日、山田と名乗る者から、玉川税務署に、原告の調査日を、原告の希望する三月二〇日にしないことに対する抗議の電話があつた。これを聞いた伊藤係官が、同日午後四時ころ、原告の店舗に電話をしたところ、原告は、調査日を三月二〇日にするように強く求めた。同係官は、調査日をその日にすると、もし非違があつた場合、昭和六〇年分の課税ができなくなるおそれがあるから、その日を調査日に設定することはできないと説明したが、原告はこれを聞き入れず、自分を署長に会わせるようにと述べて、電話を切つた。

10  伊藤係官は翌四日午前一〇時二〇分ころ、原告の店舗を訪れたが、原告は不在であつたので、三月六日午後二時ころ再度臨場する旨を連絡票に記載して、店にいた湯浅に、右連絡票を原告に渡すように頼んで、辞去した。

11  伊藤係官が三月六日午後二時に岩間係官を同行し、原告の店舗を訪れたところ、店はシャッターが下りていて、呼び鈴を押しても誰も出てこなかつたが、五分ほどたつて、原告が店舗に自動車を運転して現われ、シャッターを開けて店内に右係官二名を招き入れてから、再び、シャッターを下から二〇ないし三〇センチメートルのところまで閉めた。店内は電灯が付いていない薄暗い状態であつた。伊藤係官は、原告に、調査に基づいて係争各年分の所得金額と税額を口頭で伝え、原告はこれを聞きながらメモをとつた。この間、原告は、どうしてそのような額になつたのかを尋ねた。同係官が、調査額を原告に示した後、藤井が店内に入つてきたので、伊藤係官は、同人の立場を尋ねた。原告は、同人は自分の同級生であると述べ、藤井は、自分は民商の者である旨答えた。伊藤係官は、国家公務員は守秘義務があること及び調査に関係ない第三者は税理士法の規定から調査の立会いはできないことを告げて、藤井を退席させるよう求めた。しかし、原告は、自分が立会いを認める以上、立会いは許されるなどと強い口調で述べ、同係官の要請に応じなかつた。同係官らは、原告に対して調査した額で修正申告するよう勧めて辞去しようとしたが、原告はまだ話は終わつていないなどと言つて、シャッターの前に立ちふさがり、帰りかけた同係官らを妨げ、同係官らと原告の間で押し問答となつた。同係官らが、監禁するのかなどと抗議したので、原告は道をあけ、同係官らは辞去した。

以上の事実を認めることができる。

なお、証人伊藤清人の供述中には、一〇月一八日の臨場調査の際、同証人らがレジペーパーを覗いたり、伝票類等にさわつたりしたことはないとする部分がある。しかしながら、右の点に関する証人湯浅秀一の証言は、後述するように伊藤係官らの行為態様に関してはやや誇張があるものの、そのような行為がなされたこと自体については信用することができるから、これに反する証人伊藤清人の右供述部分は措信できない。また、証人伊藤清人の供述中には、一〇月一八日に同証人らが原告の店舗から辞去する際、同証人は湯浅に同月二〇日に再度臨場調査に来る旨の伝言を依頼したとする部分があるが、同月一九日の電話によつてはじめて同月二〇日の臨場調査を知らされたとする証人湯浅秀一の証言は、《証拠略》とも合致し、信用性の高いものということができ、これに反する証人伊藤清人の右供述部分は信用することができない。

原告は、同月一八日の臨場調査の際、伊藤係官らが湯浅の制止に反してレジペーパーや、伝票類等をさわるなどしたので、湯浅はこれに対して営業妨害であると抗議したと主張し、これに副う証人湯浅秀一の供述も存する。しかしながら、もし同証人の供述どおり、その制止にもかかわらず、伊藤係官らがレジペーパーや、伝票類等に手をかけており、かつこれらの行為が営業妨害と評価される程度に違法性の高い態様のものであつたとすれば、同証人としては、その際店にいた、同証人の先輩格の従業員の忠鉢に事情を訴えて立会いを頼むとか、右調査の途中で、店内に入つてきた原告の妻に同様のことをする等の手段をとるであろうと考えられるのに、湯浅が、そのような行為に出た形跡は全く認められない。そうすると、前認定のように、伊藤係官らが伝票をめくつたりしたことはあつたとしても、それは営業妨害と評価される程に違法性の高い態様のものではなく、通常黙認することができる程度の、常識的な範囲の行為であつた可能性が高く、同証人の右供述部分は多分に誇張されたものというべきであつて、その限度では採用できない。

なお、証人湯浅秀一の供述中には、同証人が、一〇月一八日の臨場調査の際、本人自身に係わること以外には、伊藤係官の質問には、一切応じなかつたとする等、右1ないし11の認定事実に反する部分が存する。しかしながら、《証拠略》によれば、伊藤係官らが原告の店舗の二階が宴会場であるということを同建物の外観から知るのは容易ではないことが明らかであり、現に店内に二階が宴会場であることを示すような表示がされていると認めるべき客観的証拠はないから伊藤係官らが他の手段で右の用途を知ることができたとは考えられない。したがつて、伊藤係官らは、建物の用途を同証人から聞き出したと認めざるを得ない。さらに、同証人は、一〇月二〇日に、証人自身が、伊藤係官から原告が書いた書面を返されたかどうかという、比較的重要で、印象に残るような事実についても覚えていない旨供述するなど(なお、証人藤井保久は、湯浅自身から、一〇月二〇日に伊藤係官から書面を返されたことを聞いたと証言しており、同人の証言は、他の事実にも合致するものであるから、信用できる。)、同証人の供述中には不自然な点や曖昧な点も少なくないから、同証人の供述のうち右1ないし11の認定事実に反する部分は、措信することができない。

また、原告本人の供述の中には、原告の妻カツ子が伊藤係官と電話で臨場調査の日時を打ち合わせたり、伊藤係官が原告方店舗に連絡票を差し置いていつたことはないとする部分がある。しかしながら、証人伊藤清人の証言は、原告方店舗や自宅に電話をかけた日時、そのときのやりとりについて詳細に述べるものであり、右証言は、この当時に同係官がとつたメモ等の記録に基づきなされているものとおもわれ、信用性が高いものであるということができるから、右証言に反する原告の右供述部分については信用することができない。

三  本件各更正の適否

1  調査手続の適法性について

(一)  調査に必要性がないとする主張について

所得税法二三四条一項が定める質問検査権の行使の要件である「調査について必要のあるとき」を、原告が主張するように限定して解釈しなければならない根拠はないし、右質問検査権は、権限を有する税務職員が諸般の事情を考慮して合理的な裁量により必要性があると判断した場合には、行使できるものと解され、納税者に過少申告の疑いが存在しない場合であるからといつて、その必要性がないとすることはできない。

本件において、被告は、原告が長期間調査を受けておらず、その所得税の確定申告書に収入金額及び必要経費等の金額の記載がなく、これらの金額を記載した内訳書も添付されていなかつたために、その申告の適否を確認する必要があると判断したというのであつて、そのような事情の下にあつて被告が原告の所得税に関する調査を行つた措置には、裁量権の逸脱、濫用の違法はない。

(二)  調査方法が違法であるとする主張について

原告は、伊藤係官らが昭和六三年一〇月一八日の調査の際、原告の店舗において、原告や従業員の許可を得ないまま勝手に伝票やレジペーパーをさわつたり、電話番号表から取引先の電話番号を書き写すなどの行為に及んだとして、このような調査は質問検査権の範囲を逸脱した違法なものであると主張する。

しかしながら、所得税法二三四条一項は、税務職員は、質問検査権の行使として、被調査者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる旨定めており、原告の店舗の伝票やレジペーパーを閲覧したり、取引先の電話番号表を筆写することは、原告の事業に関する物件に対する検査にあたる。そして、前認定のとおり、右係官らは通常物件の管理者が黙認することのできる程度の態様でこのような調査をしたにすぎないと認められるから、右行為は適法な質問検査権の行使の範囲を越えるものではなく、違法と評価することはできないというべきである。

2  事業所得の金額について

(一)  推計の必要性について

(1) 被告が推計により係争各年分の原告の事業所得金額を算出して本件各更正を行つたことは当事者間に争いがない。そして、右二で認定した事実によれば、伊藤係官は、原告の係争各年分の所得について調査を行うにあたり、原告の店舗に電話をして従業員に伝言を頼んだり、原告の自宅に度々電話をし、留守番の者に伝言を頼んだり、さらには原告の妻カツ子と調査の日時を打ち合わせるなどして、原告と連絡をとるための様々な方策を講じたにもかかわらず、原告からは何ら応答がなく、原告に対して帳簿書類その他の資料を提示するよう求める機会すら得られなかつたために、被告は係争各年の原告の所得金額を実額で把握することができず、やむを得ず推計により右金額を算出して本件各更正に及んだものであると認められるから、本件各更正については、いわゆる推計の必要性を肯定することができる。

(2) 原告は、被告の原告に対する調査はその必要性を欠き、その実施方法も違法なものであるから、被告は適法な調査によつて原告の所得金額を実額で把握することができなかつたとはいえず、推計の必要性がないと主張する。しかしながら、右1のとおり、本件調査には、原告の主張するような違法はないから、この点に関する原告の主張は採用できない。

(3) 原告は、被告は原告の所得金額を原告に対する質問調査によつて実額で把握するための努力を怠つたのであるから、被告が調査によつても原告の所得金額を実額で把握することができなかつたとはいえず、本件では、推計の必要性はない旨主張する。

しかしながら、所得税法二三四条一項が定める質問検査権を納税義務者に対して行使するかどうかは、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられており、法は、税務職員に対して、納税義務者に対する質問調査を義務づけ、これを経てはじめて推計による課税処分をすることを認めているというわけではない。さらに、右(1)で示したとおり、伊藤係官は、原告の係争各年分の所得について調査を行うにあたり、原告の店舗に電話をして従業員に伝言を頼んだり、原告の自宅に度々電話をし、留守番の者に伝言を頼んだり、さらには原告の妻カツ子と調査の日時を打ち合わせるなどして、原告との連絡をとるための様々な方策を講じ、原告に対する質問調査を実施するための努力を行つていたということができるから、原告の右主張は失当である。

(4) 原告は、玉川税務署に赴いたり、電話で質問調査の日時の打合せをしたりして調査に協力する姿勢を積極的に示しており、被告はそれにもかかわらず一方的に調査を打ち切つたのであるから、推計の必要性がないと主張する。しかしながら、原告が玉川税務署に赴いたのは、右二で認定したとおり被告の反面調査に抗議する目的によるものであることが明らかである。また、電話で質問調査の日時の打合せをしたという点についても、右二で認定したとおり、原告は三月三日までに時間をとつてほしいとの伊藤係官の要請に応じようとしなかつたし、同日までに税務署に行くと約束しながら、実際にはこれを果たしていないのであつて、その内実は、質問調査の日時について伊藤係官と押し問答をしたというにすぎない。以上のように、原告が調査に協力の姿勢を示したことがあつたと評価するようなことは到底できないから、原告の右主張も採用することができない。

(5) 原告は、被告からその申告書に所得金額に係る収支を記載するように求められたり、添付書類を提出するように要請されたりしたことはなかつたから、推計の必要性が存しないと主張する。しかしながら、法は、税務職員に対して、納税者に申告書の記載を補充あるいは訂正するよう要請することを義務づけてはいないし、このような要請を経た後でなければ推計による課税処分ができないと定めているわけでもないから、原告の右主張は失当である。

(三)  推計の合理性について

(1) 被告が本訴において主張する原告の事業所得金額は、係争各年とも、別表第三の一ないし三のとおり、原告の係争各年の期末資産額と期首資産額との差額(当該年の資産の増加額)から当該年の期末負債額と期首負債額との差額(当該年の負債の増加額)を控除して得られた金額(当該年の純資産の増加額)に、調整項目加算額として生活費、支払税額及び支払保険料等の所得の処分に相当する事由に係る金額を加え、調整項目減算額として、預金利息等の事業所得以外の所得に係る金額及び事業所得について必要経費とされ実質的な非課税部分にあたる事業専従者控除額を差し引く推計方法、すなわち資産増減法によつて、算出されたものである。

資産増減法は、納税者の資産の増減額は、その年の納税者の総収入から総支出及び損失を控除したものと合致するという根拠に基づく合理的な所得の推計方法であるから、本件においても、推計の基礎となる原告の資産及び負債が正確に把握されている限り、被告が、原告の純資産の増加額に調整項目に係る金額を加減して原告の事業所得を推計することには、十分に合理性があるものと認めることができる(資産及び負債の把握については後記(3)で検討する。)。

(2) 資産増減法を選択するための条件の主張について

ア 原告は、課税庁が納税者の資産状況を正確に把握することは困難であること及び所得税法二七条二項の規定を根拠に、資産増減法は、比率法等他の推計方法により得ない場合にのみ選択することの許される推計方法であると解すべきであり、本件では被告は比率法その他の資産増減法以外の推計方法を試みずに資産増減法による推計を行つたものであるから、本件推計には合理性がないと主張する。

イ しかしながら、所得税法二七条二項の規定は、同法上の事業所得の定義を定めたものにすぎず、右規定をもつて、法が、所得の推計方法として損益法を資産増減法より優位に置く趣旨を含むものとみることはできないし、同法上、他に、資産増減法と他の推計方法との間における合理性に優劣があることを定めたような規定は存しない。また、課税庁が納税者の資産及び負債を正確に把握しているかどうかは、具体的事案において資産増減法による推計を行う際の基礎資料の正確性の問題として検討すべきことであつて、一般に納税者の資産及び負債を把握することが必ずしも容易なことではないとしても、それによつて、比率法等、他の推計方法による推計の結果が、資産及び負債を正確に把握してなされた資産増減法による所得の推計の結果よりも、実額に近似する蓋然性において、常に優越するということはできない。そうであるとすれば、資産増減法が比率法等の他の推計方法により得ない場合にのみ選択が許される推計方法であると解すべき合理的根拠は何ら存しないから、原告の右主張を採用することはできない。

(3) 資産及び負債の把握について

ア 資産科目

A 預金について

〈1〉 別表第四記載の各預金が存在し原告に帰属していたこと、別表第一八記載のとおり藤田敬明、野本竜一、高橋カツ子名義の各預金が存在し原告に帰属していたこと、同表記載のとおり渡辺博一、山崎光浩及び坂本敏雄名義の各預金が存在したことについては当事者間に争いがない。

〈2〉 原告は、右〈1〉の渡辺博一、山崎光浩及び坂本敏雄名義の預金(以下「本件各仮名預金」という。)は、いずれも架空人名義のもので、原告に帰属する旨主張するので、この点について判断する。

〈3〉 《証拠略》によれば、原告は、昭和五四年ころから東京産業信用金庫上野毛支店と取引関係にあつたこと、原告は少なくとも平成三年一月か二月ころまでには、本件各仮名預金の存在を承知しており、これらの預金に使用された届出印を所持していたことが認められる。

もつとも、原告が本件各仮名預金の存在を承知しており、かつ、これらの預金の届出印鑑を所持していても、原告が右各届出印を預金者から借用して所持することは十分考えられることであるから、右事実のみでは、これらの預金が原告に帰属すると認めるのには不十分である。

〈4〉 しかしながら、《証拠略》によれば、東京産業信用金庫上野毛支店における渡辺博一、山崎光浩及び坂本敏雄名義の各定期預金は、いずれも昭和六一年三月五日に解約され、全額が現金で払い戻されたこと、右払戻金額は、山崎光浩名義のものが二二八万三二一〇円、坂本敏雄名義のものが一九〇万六八八六円。渡辺博一名義のものが一九〇万七〇〇〇円であつたこと、右各定期預金が解約された昭和六一年三月五日に原告が第一勧業銀行上野毛支店から神奈川県住宅供給公社に対して荏田のマンションの頭金の一部として一五七九万円、その登記料等として二〇万円、マンションの組合成立準備金として一万円、合計一六〇〇万円を送金したことが認められる。

〈5〉 さらに、《証拠略》によれば平成四年一一月現在、渡辺博一、山崎光浩及び坂本敏雄の住民登録と戸籍はいずれも、右各名義の銀行取引のために東京産業信用金庫上野毛支店に提出された銀行印届出書に記載された住所地には存しないことが認められる。

〈6〉 右〈3〉ないし〈5〉の事実を総合すれば、原告は渡辺博一、山崎光浩及び坂本敏雄なる架空人の名義を使用して、右各定期預金をし、昭和六一年三月五日にこれらを解約してその払戻金を荏田のマンションの頭金等の支払いに充てたものと認めることができる。

〈7〉 被告は、本件各仮名預金の開設状況及び入金の方法等についての原告本人の供述が客観的事実と異なること及び東京産業信用金庫上野毛支店には、本件各仮名預金の他にも渡辺博一及び坂本敏雄名義の預金が存在し、原告がこれらの預金の存在を本訴において主張しなかつたことから、原告は本件各仮名預金を管理していたとはいえず、したがつて、これらの預金は原告に帰属するものとはいえないと主張する。

たしかに、《証拠略》によれば、昭和五四年から同五九年ころまで東京産業信用金庫の上野毛支店で原告を担当する得意先係であつた小山義幸は自ら原告に仮名預金を勧めたことはないと述べていることが認められ、これは得意先係から勧められて本件各仮名預金を始めたとする原告本人尋問の結果とは異なるものである。しかしながら、《証拠略》における小山の供述内容は、同人が原告に依頼されて仮名預金を作つたという可能性まで否定するものではない。そして、仮名預金は、不正の目的でなされたとの疑いがかけられやすいものであるから、法廷において原告が自ら積極的にではなく、他の勧めによつて仮名預金を作つたと述べようとしたこともあり得ないことではない。右のような可能性を考慮すると本件各仮名預金の開始状況に関する原告本人の供述が、右小山の供述と異なるからといつて、右〈6〉の認定を覆すまでには至らないというべきである。

また、《証拠略》によれば、本件各仮名預金の入金は窓口でなされていることが認められ、これは原告の店舗併用住宅まで得意先係が出向いて現金を預かる方法で入金したとする原告の供述と異なるものである。しかしながら原告本人尋問の結果によれば、預金は主に原告の妻カツ子が管理していたことが認められ、カツ子が預金証書と印鑑をもつて窓口で入金した可能性は十分考えられるから、本件各仮名預金が窓口で入金されたという事実は、これらの預金が原告に帰属したとの認定を妨げるものではない。

さらに、《証拠略》によれば、東京産業信用金庫上野毛支店には本件各仮名預金の他にも渡辺博一名義の定期積金が一口、坂本敏雄名義の定期積金が二口存在したこと、右のうち渡辺博一名義の定期積金は昭和六〇年一二月三一日現在で残高が二〇万円であり、坂本敏雄名義の定期積金のうち一口は、昭和六〇年一二月三一日現在で残高が二〇万円、昭和六一年一二月三一日現在で残高が六五万円であつたこと、もう一口は、昭和六二年一二月三一日現在で残高が二五万円であつたことが認められる。

しかしながら、原告が自己に帰属する預金の存在を主張しなかつたとしても、原告がその存在を失念したり、あるいはその預金の存在を公にしたくないとの意図で、あえて主張しないということも考えられるから、原告が同じ名義人の他の預金の存在を主張しなかつたという一事によつて、直ちに、それらの名義の預金が原告に帰属しないということにはならない。しかも、《証拠略》によれば、東京産業信用金庫上野毛支店では、定期積金の証書は、解約払戻の際、金庫が預金者から返還して保管することになつており、預金者が希望した場合のみ解約済の証書のコピーを預金者に渡すことになつていること、原告は平成三年一月か二月ころ、東京産業信用金庫上野毛支店を訪れ、本件各仮名預金の届け出印及び《証拠略》等を示して、昭和六一年三月ころ解約した渡辺博一、山崎光浩及び坂本敏雄名義の預金があるはずだから、調べてほしい旨依頼したことが認められ、右認定事実によれば、預金者が払戻後も預金通帳を所持しているような場合と違い、これらの定期積金は解約払戻がなされた後は、預金者が自ら特に控えをとるなどの措置をとらない限り、手持ちの資料がないことになるから、比較的小口の預金の存在を預金者が失念するという可能性は十分考えられる。原告が主張しなかつた右渡辺博一名義及び坂本敏雄名義の定期積金は本件各仮名預金に比べれば比較的小額であり、平成三年一月か二月ころまでに解約され払い戻されていれば、原告がその存在を失念したと解する余地も十分にある。そうであるとすれば、東京産業信用金庫に本件各仮名預金の他にも渡辺博一及び坂本敏雄名義の預金が存在したという一事をもつてしては、本件各仮名預金が原告に帰属するという認定を覆すには足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

〈8〉 以上によれば、原告の事業所得に係る係争各年分の期首及び期末の預金科目の総額は、別表第二九の一ないし三の預金欄記載のとおりである。

B 有価証券について

原告が、その事業所得に係る係争各年分の有価証券として別表第五及び別表第一九記載のとおりの有価証券を有していたこと、被告が別表第一九記載の有価証券を原告の係争各年の事業所得に係る資産として把握し漏らしたことについては、当事者間に争いがない(なお、被告の認否が高橋清和名義分について原告主張額を三円超える額を前提としている点については、原告に有利な原告主張額を採用した。)。

C 建物について

原告が別表第六の所在地欄に記載された所在地にある建物を同表取得年月日欄記載の年月に取得したこと及び荏田のマンション並びに犬蔵の建物の取得価額が同表記載のとおりであることについては、当事者間に争いがない(なお、被告は荏田のマンションの取得価額を三六〇四万六四一九円と主張しているのに対し、原告は平成四年一〇月一日付け準備書面に添付された別表第六の建物明細表において、右取得価額を三六〇四万六四一〇円と記載し、その価額には九円の差があるが、原告の右表では、被告の主張と異なる部分については網掛け処理によつて表示しているのに、荏田のマンション取得価額についてはそのような処理がなされていないことからすれば、原告は右九円の差額については明らかに争わないものとみるべきである。)。

原告は、昭和五六年一〇月に取得した上野毛の建物の取得価額は四四六〇万円であり、被告が右のうち二六〇万円を原告の資産として把握し落としている旨主張し、これを証する書証として甲第二一号証の一及び二の見積書を提出し、右主張に沿う原告本人の供述も存する。しかしながら、一般に、建物の建築請負工事においては、見積書に記載された当初の工事予定と、施工された工事内容が異なることや、建築に要した費用が見積書記載の金額とは異なる金額になることは、ままあることであるから、右見積書の記載だけでは、その記載どおりに工事がなされたことを認めることができないし、また、原告が右見積書に記載された金額を支出したと認めるにも不十分である。

これに対し、《証拠略》は、当該建物の工事が完成した約一年後の昭和五七年一二月一七日に、税務署の照会に対して、原告自らがその建築工事に要した費用を記載した回答書であり、工事代金の支払日と金額が詳しく記載されているうえ、追加工事代金についても支払日及び金額が記載されていることから、右記載は追加工事も含めて全ての工事が終了し、これに対する代金の支払いも全て終了した後に、原告が領収書等の資料に基づいて記載したものであることが窺われ、その記載は十分信用性のあるものということができる。したがつて、原告が昭和五六年一〇月に取得した上野毛の建物の取得価額は、右乙第二号証によつて、四二〇〇万円であると認めるのが相当である。

D 設備について

原告が別表第三の二及び三の各設備欄記載の取得価額で空調工事及び冷凍設備を取得したことについては当事者間に争いがない。

原告は、右の他、上野毛の建物に付属する取得価額一二〇万円の冷暖房設備及び取得価額一二〇万円の照明器具を資産として所有する旨主張し、右主張に副う証拠として甲第二一号証の一及び二の見積書を提出するが、右Cで述べたとおり、見積書のみではその記載に係る工事が実施されたこと及びその記載額のとおりの金額が支出されたことを認めるには不十分であり、他に原告が右取得価額でこれらの設備を取得したことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、右原告の主張は採用することができない。

E 車両運搬具について

原告が別表第七記載のとおりの車両運搬具を所有していたことについては当事者間に争いがない。

イ 負債科目について

A 借入金について

原告が別表第八記載のとおりの借入金債務を負担していたことについては当事者間に争いがない。

B 未払金について

原告が別表第九記載のとおりの未払金債務を負担していたことについては当事者間に争いがない。そして、《証拠略》によれば、原告は、株式会社藤竜に対して昭和六二年一二月三一日現在で一一一万八〇七〇円の未払金債務を有していることを認めることができる。そして、原告が株式会社藤竜に対して昭和六一年の一二月三一日現在において、未払金債務を有していたかどうかは証拠上明らかでない以上、資産増減法の適用上は、この額の全額を昭和六二年一二月三一日現在における原告の未払金債務として認定せざるを得ない。

C 減価償却費累計額について

〈1〉 上野毛の建物が店舗併用住宅であること、そのうち住宅部分は昭和六一年三月から事業の用に供されたので減価償却費の額及びその累計額は同年三月以後の期間について算出すべきこと、右住宅部分と店舗部分それぞれの減価償却費の額及びその累計額は、被告主張の算式に基づいて算出された床面積占有率を用いて算出すべきこと、上野毛の建物の取得年月、耐用年数及び定額法による償却率、犬蔵の建物、車両運搬具、上野毛の建物に付属する空調工事及び冷凍設備の取得年月、償却の基礎となる金額、耐用年数及び定額法による償却率、昭和六〇年一月一日現在の減価償却費の累計額、係争各年分の減価償却費の額及び係争各年期末の減価償却費の累計額が、別表第一〇記載のとおりであることについては当事者間に争いがない。

〈2〉 上野毛の建物の減価償却費累計額について

原告は、前記アCの原告が主張する建物取得価額を基礎として、係争各年の上野毛の建物の減価償却費累計額は別表第二二記載のとおりである旨主張するが、前記アCのとおり、上野毛の建物の取得価額は四二〇〇万円と認められるのであつて、これは、原告の主張する金額ではない。そうすると、原告の主張する右減価償却費累計額は、その算定の基礎とする取得価額に誤りがあるから、採用することができない。そして、上野毛の建物の取得価額を四二〇〇万円として、当事者間に争いのない耐用年数、定額法による償却率、住居部分の床面積占有率に基づき、係争各年の減価償却費累計額を算定すると、別表第一〇記載のとおりとなる。

〈3〉 冷暖房機器設備及び照明器具について

原告は、上野毛の建物に付属する冷暖房機器設備及び照明器具の係争各年の減価償却費累計額として、別表第二二記載のとおりの金額を主張するが、前記アDで判示したとおり、原告主張どおりの取得額で原告が冷暖房機器設備及び照明器具を取得したと認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張も採用できない。

〈4〉 右〈1〉ないし〈3〉によれば、原告の係争各年の減価償却費の累計額は、別表第一〇記載のとおりである。

ウ 調整項目加算額

A 生活費科目について

別表第一一記載の原告の係争各年の生活費は、被告が、総務庁統計局発行の「家計調査年報」第七表「世帯人員別・世帯主の年齢階級別一世帯当たりの年平均一か月間の収入と支出(全世帯)」に記載されている金額のうち、世帯人員別一世帯当たりの年平均一か月間の消費支出金額を基礎としてその平均値に基づき算出したものであること及び原告の世帯人員は、原告が本件係争各年分の確定申告書の扶養控除欄に記載した人員に原告及び原告の妻カツ子を加算した人員であることについては、当事者間に争いがない。

原告は、被告は原告の実際上の生活費が平均的な水準にあることを何ら論証しないから、右生活費の算定は不合理である旨主張する。

しかしながら、右算定方法は、前述のとおり、生活費の算出方法として一応合理的であると認められるものであるから、原告の生活費が平均的な水準よりも少ないことは、右合理性を疑わしめる原告の特段の事情として原告が主張、立証すべき責任を負うと解すべきであり、その点について原告は何ら主張、立証をしないから、原告の右主張は採用できない。

B 調整項目加算額中の生活費以外の項目について

原告の係争各年の調整項目加算額の中の生活費以外の項目に係る金額が、別表第三の一ないし三の「調整項目加算額」欄記載のとおりであることについては、当事者間に争いがない。

エ 調整項目減算額について

原告の係争各年の調整項目減算額が、別表第三の一ないし三の「調整項目減算額」欄記載のとおりであることについては、当事者間に争いがない。

(4) 右(3)アないしエで認定した原告の係争各年の資産、負債及び調整項目加算額並びに調整項目減算額を基礎として、資産増減法を適用して原告の係争各年の事業所得を算出した過程及びその結果は、別表第二九の一ないし三のとおりであり、これによる認定金額は、昭和六〇年分が一七九五万二三五七円、同六一年分が一四〇四万九七四二円、同六二年分が一五五八万八五四九円となる。そうすると、被告が推計した原告の昭和六〇年分の事業所得金額一三九〇万一七〇五円は、右事業所得金額を超えないことが明らかであるから、被告が本件各仮名預金及び別表第一九記載の有価証券並びに前記未払金を把握し落としたことは、昭和六〇年分の事業所得の推計の合理性に何ら影響を与えないということができ、同年分の事業所得についての被告の推計には十分合理性がある。これに対して、被告が推計した原告の昭和六一年分の事業所得金額二四四四万〇三九四円は、右認定金額を一〇三九万〇六五二円上回ることになり、原告の昭和六二年分の事業所得金額一六七〇万六六一九円は、右認定金額を一一一万八〇七〇円上回ることになる。これは、昭和六一年分については、被告が把握し落とした本件各仮名預金及び別表第一九記載の有価証券の合計額と合致し、昭和六二年分については、被告が把握し落とした未払金の額と合致する。そうすると被告が本件各仮名預金及び別表第一九記載の有価証券並びに未払金を把握し落としたことは、右合計額の限度で被告の推計の結果に影響を及ぼすものであるから、右把握漏れの限度において、被告の推計は合理性を欠くものといわなければならない。

(5) 資産及び負債の増減と所得の関係について

原告は、被告の推計した昭和六一年分の事業所得金額は、原告の同年における不動産購入の影響によつて極めて高くなつているから、右推計は、原告の営業実績を反映しておらず、合理性を欠くと主張する。しかしながら、右(4)のように被告が把握し落とした本件各仮名預金と原告に帰属する別表第一九記載の有価証券を資産に加えて原告の同年分の事業所得金額を推計計算すると、その金額は右のように昭和六〇年分及び六二年分よりも少なくなるのであるから、昭和六一年分の被告の推計結果が他の年分に比べて突出したのは、被告の本件各仮名預金及び有価証券の把握漏れに起因することが明らかである。そして、右把握漏れは、被告の同年分の推計の把握漏れ以外の部分の合理性を覆すものとは考えられないし、把握漏れのされた資産を加えて推計し直すことによつては、同年分の推計全体の同一性が失われるとも考えられない。そうであるとすれば、同年分の被告の推計は、右把握漏れの限度において原告の営業実績を反映しなかつた点が不合理であるにすぎず、右把握漏れ部分を修正すれば、全体としては原告の営業実績を反映しており、十分に合理性があるといえるから、原告の右主張は採用することができない。

(6) 推計方法の選択の恣意性について

被告が原告の不動産購入による資産増加を当て込んで、資産増減法を選択したと認めるにたりる証拠はなく、原告のこの点に関する主張は採用できない。

3  事業所得以外の所得

原告の係争各年分の不動産所得の金額及び雑所得の金額が別表第二記載のとおりであることについては当事者間に争いがない。

4  右1ないし3によれば、昭和六〇年分の原告の総所得金額は、被告が推計した原告の同年分の事業所得金額一三九〇万一七〇五円に不動産所得の金額一〇万四一七〇円、雑所得の金額七六七円を加えた一四〇〇万六六四二円であり、昭和六一年分の原告の総所得金額は、右2の被告が把握し落とした本件各仮名預金及び別表第一九記載の有価証券を加えて別表第二九の二記載のとおり推計計算した事業所得金額一四〇四万九七四二円に、不動産所得の金額九八万三九四一円を加えた一五〇三万三六八三円であり、昭和六二年分の原告の総所得金額は、右2の被告が把握し落とした未払金の額を加えて別表第二九の三記載のとおり推計計算した事業所得金額一五五八万八五四九円に、不動産所得の金額九九万〇四一七円、雑所得の金額一三万一四一四円を加えた一六七一万二三八〇円である。

5  以上によれば、六一年分更正に係る総所得金額は、右4の同年分の原告の総所得金額を超えるものであることになるから、六一年分更正は、総所得金額を一五〇三万三六八三円として計算した額の範囲内は適法であるが、右範囲を超える部分は違法であることになり、六〇年分更正及び六二年分更正に係る総所得金額は、いずれも右4の昭和六〇年分及び同六二年分の原告の総所得金額を超えないものであるから、六〇年分更正及び六二年更正は適法であることとなる。

四  本件各決定の適否について

六一年分更正が総所得金額を一五〇三万三六八三円として計算した額の範囲内の部分及び六〇年分更正並びに六二年分更正は適法であるが、六一年分更正のうち右範囲を超える部分は違法であることは、右三の5のとおりであり、このことは右各年賦課決定についても同様である。

五  結語

よつて、原告の請求は、六一年分更正及び六一年分賦課決定のうち総所得金額を一五〇三万三六八三円として計算した額を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから、右部分を認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 栄 春彦 裁判官 武田美和子)

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